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2021年1月 4日 (月)

【2021年を迎えて】

これまで経験したことのないようなことの連続だった2020年が過ぎ去り、新しい年がやってきました。
新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、困難な状況に置かれていた中でも変わらず支えてくださった多くのみなさまに心から感謝しています。
本年も希望の持てる年にできるよう、自分の役割をしっかり果たし、力を尽くしていきます。
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さて、一昨年の年末から昨年の初めにかけて、ヒタヒタと少しずつ近づいてきた新しい感染症である、新型コロナウイルス感染症。
地震や台風、大雪、噴火など、さまざまな自然災害とつきあいながら生きてきたわたしたち人間にとって、このような感染症の拡大も決して経験したことのない災厄ではなかったはずです。
それでも、予想し、対処法を準備してきたはずのこの災害は、わたしたちの暮らしに思いもよらなかった大きな影響を与えました。
それはなぜなのか。
わたしたちはここから何を学ぶべきなのか。
そしてこの先、どう生きていくのか。
この年末年始、ご挨拶回りを自粛しずっと考えていました。
いつもどおりの長い文章で恐縮ですが、お時間がありましたらおつきあいください。
【感染症と他の自然災害との違い】
感染症は他の自然災害と何が違うのか。
最も違うのは、感染症はわたしたち人の健康にだけ影響を与え、建物や財産への目に見えるダメージがないということです。
そして、同じ場所にいたとしても、感染するかどうか、感染してどの程度のダメージがあるか、人によって大きな差があります。
他の自然災害は、目で見て被害がわかりやすい。けれど、感染症は、被害の因果関係を感覚的に理解することがとても難しい。
21世紀に入り、科学技術の著しい進歩とともに、わたしたちは科学で解決できない問題はないと思うほどまでに科学に頼るようになりました。
問題に対するただ一つの答えが、常に明らかである世界に生きていると錯覚するほどに。
けれど、現実の世界は、人間の見通しうる範囲を超えてまだまだ大きく広がっています。そのことに否応なく直面せざるを得なくなったのが、今回のコロナ禍でした。
そうなると今度は、わからないこと知らないことへの根源的な恐怖が一層増幅され、ものごとを冷静にとらえることが難しくなります。
人間がこれまで歩んできた歴史や科学に対する信頼がゆらぎ、自信を失い、暗闇に一人ぼっちで放り出されたかのような心細い気持ちになります。
【目に見えない世界がわたしたちに及ぼす影響】
人は目に見えないものを目に見えるものよりも重要視する傾向があります。
それは、人という生き物をほかの生き物と異なった存在にしている根本的な特徴といってもいいかもしれません。
パスカルは「人間は考える葦である」といいましたが、そもそも「考え」そのものが目に見えないものです。
思想も、宗教も、愛も、正義も、時間も、真実も、価値や、意味さえ、どれ一つとして目に見えるものはありません。それなのに、人間はそのような目に見えないもののために、ときとして自分の生命さえ賭けようとします。
わたしたちは、現実の世界に生きているだけではなく、頭の中にある世界にも生きているのです。
折しも、人間社会の科学技術の進歩は、リアルの世界とは別の、インターネット上の世界を作り出すところまで進んできました。
それは、これまでもずっと存在していた頭の中の世界とは別の世界ですが、とても似ていて、その二つの世界の区別をつけること自体が難しくなっています。
そこに現れた世界規模で広がる感染症は、現実の世界の生活様式を変え、生活の場をインターネット上の社会へと移させる圧力となり、現実の世界とインターネット上の世界と頭の中の世界との境界をあいまいにし、混乱を生んでいるのではないかと思うのです。
【感染症によりもたらされる被害とは】
わたしたちは、ここでいったん立ち止まって、深呼吸をし、この世界にはまだまだ未知なるものが存在するということを確認する必要があるのではないかと思います。
けれど、それら未知なるものに対しても、これまで行ってきたように一つ一つ試行錯誤を繰り返しながら知識を積み重ね対応していけば、いずれ未知なるものを既知のものへと変えていくことができます。
感染症の原因となるウイルスは、直接目で見ることはできませんが、それは現実世界の存在であり、(まだわかっていないものも含めて)科学の法則に従うものです。
被害を軽減し、減災するための方法は科学的に見つけることができるはずであり、そのために多くの科学者が研究を行っています。
ただし、被害の捉え方が明らかでないという問題があり、何をもって被害の軽減とするのか、これをはっきりさせる必要があります。
これは科学というよりは、むしろ人の価値観の問題であり、それこそが感染症と戦ううえで、もっとも厄介な問題なのではないかと感じています。
人の命は地球よりも重い、といわれますが、そもそも人の命とは何を指しているのか。
心臓が動いていることなのか。
意思をもって行動できることなのか。
生きるとは何か。
生きる意味、生きる価値、人が生きるために必要なものは何か。
簡単なようで、簡単に答えを出せない問題です。
その答えは、人によって違い、一つにではないからです。
【どのように被害を軽減するのか】
だとすれば、被害を軽減することも、簡単ではありません。人によって被害のとらえ方が違うのなら、すべての人の被害を同じように軽減することはできるはずがないのです。
それなら、それぞれの人の価値観に応じて、大切だと思うものを守るための行動をとればいいのでしょうか?
しかし、感染症は拡散するものであり、集団に対して影響を及ぼすものです。感染症をコントロールするためには、集団全体で行動をコントロールしなければならないのです。
人は、個々で生きることではなく、集団で生きることを生き残り戦略の基本としてきました。
一人ひとり独立した存在でありながらも、集団となり、その集団が一つのまとまりとして行動するためのさまざまな取り決めを作り出し、あたかも「スイミー」の大きな魚のように、時としてそれぞれが役割分担をしながら、集団全体が一つの生き物であるかのように行動し、生き残ってきました。
そのことに価値を見出し、これからもそのような生き方をわたしたちが選ぶのだとすれば、集団としての価値の優先度を改めて確認し、その共通の価値を守るために行動を選択していかなければなりません。
【あり方を選ぶ】
忘れてはならないことは、わたしたちは生物としてそのような行動をとることを遺伝子に書き込まれていて、それに反する行動ができないから結果としてそのような行動をとっているのではなく、常に自分たち自身でそのようなあり方を選んできたのだということです。
もちろん、それぞれの置かれた環境によって、社会の圧力によって、事実上選択肢がない場合も多かったかもしれません。それでも、違うあり方を思い描いたり、そこから抜け出す方法を模索する可能性は常に存在していました。
一人ひとりに与えられた思考力の中で、たくさんの人たちがさまざまな価値や可能性や選択肢を思い描き、それらを周りの人たちと議論し、修正し、共有し、ある一つの価値や選択肢や可能性を選び取り、それに基づいて集団で行動してきた結果が、わたしたち人間の生き残りにつながってきたとすれば、今回の感染症との闘いにおいても、やはり基本に立ち返ってそのようなプロセスを踏んで進んでいくべきなのではないでしょうか。
感染症と闘ってきた過去の時代と現在と、最も大きく違うのは、個人が把握できる情報量が飛躍的に拡大し、しかもそれを容易に共有できるということです。
わたしたちは集団で生きるにあたって多くの財産を共有してきましたが、今や頭の中の世界すら、共有することが可能になりつつあります。
それは、より多くの選択肢の中から、より良い答えを選び取れる可能性がある、ということです。
今回の新型コロナウイルス感染症の拡大は、わたしたちの記憶の中で、これまでと全く違うと思われることが多いかもしれません。けれど、その感染症との闘いが問いかけているのは、結局人が生きる上で何が大切なのか、という根源的な問いです。
その問いへの答えを一人ひとりがもう一度自分の中に見出し、そこを出発点として改めて社会や人のあり方について、吟味することができるなら、コロナ後の社会はより強靭なものとなり得るのではないでしょうか。
【コロナ禍を乗り越えるために何をすべきか】
「普段できていないことは、災害の時にもできない」
これは、各地で起こってきた自然災害において、何度も言われてきた言葉です。
災害の時に、普段できていないことが浮き彫りになる。
だからこそ、災害を経て社会のあり方を進化させていくことができる。
個人が多くの情報にアクセスできるようになっていることは、それを活かすことができれば、進歩につながります。
そのために、いま必要なのは、情報を整理し、社会における共通認識が形成できるようわかりやすく提示することです。
また、感染症による被害を軽減することを考えるとき、感染症そのものによる被害と、感染症の拡大を防止するための措置による影響とを分けてそれぞれについて評価していく必要があります。
感染症の広がりについてのシミュレーションと同様、感染拡大防止措置の程度による経済的、心理的影響の広がりについても、シミュレーションすることはできるはずです。
こういった視点からの冷静な議論を公開し、共有することで、対策についての合意形成を図るべきだと考えています。
【人と人とをつなぐもの】
集団としての人間社会が機能するために必要なもっとも基本的なものは、信頼です。信頼とは、相手が自分のことも大切に考えてくれている、そう思えることです。その信頼があればこそ、相手の言葉を聞こうとする姿勢が生まれます。
わたしたちは、ひとりで生きているのではなく、「信頼」という目に見えない絆で社会とつながり、自分の中にある世界と他人の中にある世界につながっています。
そのお互いのつながりが、集団としての人間の歴史をつないできたのです。
そのことをお互いに確認しあいながら、わたしたちが今年、コロナ禍を乗り越えてもう一歩前へ進んでいけるよう、心から願っています。
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(写真は年末会いに行った浅間牧場の牛たちです)

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