受動喫煙防止について(前編)
今回のテーマは、受動喫煙の防止について。きっかけは、一本の電話。ご自身が慢性血栓塞栓性肺高血圧症という病気を患ったという方からの、受動喫煙防止に取り組んでほしいという依頼でした。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症という病気は難病に指定されており、原因はまだわかっていません。タバコの煙が肺に悪影響を与えるため、禁煙が必要だそうです。その方は喫煙の習慣はないのですが、会議や集まりに出席することが多く、受動喫煙による病気への悪影響がとても心配になったといいます。
とはいえ、なかなか自分より立場の上の人が多い会議や集まりで、タバコを吸わないでほしいとは言いにくい。受動喫煙防止の取り組みを進めてもらえれば、自分だけでなく言い出せないでいる多くの人が助かるのではないか、とのことでした。
現在、太田市では公共施設は原則禁煙となっていますが、地域の集会所や飲食店など民間の施設での禁煙はまだまだ進んでいません。
ご要望はもっとも、ということで受動喫煙の防止について調べてみることにしました。
【自分や家族の病気はもしかしたら、たばこの影響?】
わたし自身は、これまでタバコを吸ったことはありません。しかし、父親はヘビースモーカーでした。また会合等に出席することもよくあるので、タバコの煙にさらされる機会は多いほうだと思います。
タバコの煙にさらされて自宅に戻ると、車の中も自分自身も燻製になったような気がします。体中ににおいがしみ込んで、子どもたちに近づくのをためらってしまいます。それでも、タバコを吸ってもいいですか?と聞かれると、なかなかイヤだと言えません。
たばこが人の健康に与える影響については、多くの研究がなされています。相談者の方が罹患した慢性血栓塞栓性肺高血圧症をはじめ、肺や血管、骨や脳、神経に関する影響があり、がんや脳卒中などほとんどありとあらゆる病気を進行させたり悪化させたりするという指摘があります。
わたしは昨年脳動脈瘤が発見され手術をしましたが、脳動脈瘤へのたばこの影響も指摘されています。
脳動脈瘤は破裂するとくも膜下出血となり、発症した1/3の方がその場で命を落とすという重大な病気です。喫煙は破裂のリスクを高めるため、脳動脈瘤のある人は禁煙が指示されます。問題なのは、脳動脈瘤は破裂してくも膜下出血となるまで症状がないことが多く、あることに気づかない場合が多い点です。
わかっていれば、禁煙に取り組むこともできますが、知らなければ、リスクを避ける行動をとることそのものができません。
また、フィンランドで行われた大規模な研究によると、女性の場合は喫煙による発症リスクが顕著に高まる、という結果が示されました。
この研究では、タバコの有害物質への感受性が女性のほうが高い可能性が示唆されています。また、別の研究では、受動喫煙による発症リスクも指摘されています。
厚生労働省の「受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究」のうち、「受動喫煙防止等のたばこ対策による経済面の効果評価とモデルの構築」では、女性の場合、自分が喫煙した影響でくも膜下出血などの脳血管疾患にかかった人は2.2万人なのに対し、受動喫煙によって罹患した人は8.6万人とはるかに多いという推計結果が示されています。
自分の喫煙で、自分だけでなく家族のくも膜下出血発症の引き金を知らず知らずのうちに引いてしまっていたら・・・
考えただけでも恐ろしいことです。
これは、ほんの一例で、喫煙が悪影響を及ぼすとされている病気はとてもたくさんあります。日本では、タバコによる健康への影響が原因で増えているとされる死亡者の数(超過死亡)は年間およそ13万人と推計されています。
【たばこを吸う権利は守られるべき?】
たばこは健康に悪影響を与えることは間違いないとしても、高い税金を払っているのだし、税収もそれなりに上がっているのだから、吸いたい人には吸う権利があるのではないか、という意見もあります。
このような議論は市議会でも何度かされたようなので、調べてみました。
厚生労働省の医療費適正化計画担当者担当者会議の資料によれば、たばこの影響による医療費の増加や死亡者の増加などによる経済的な損失は、4兆円をこえるとされています。
一方で、たばこによる税収はおおよそ2兆円。同じく厚生労働省で使用された資料には、およそ13万人の喫煙による超過死亡があり、たばこ税による2兆円の税収がある、ということから「一人の命=1500万円の税収」、とするショッキングな指摘がされていました。
税収がどれだけあったとしても、それが人の命や健康と引き換えであったとしたら、税収をあげることを正当化することはできません。
百歩譲って、自分の健康や命と引き換えにしてもタバコを吸いたいなら、吸うかどうか決めるのは本人の判断だ、としても、他人の命や健康を害する権利は認められるはずがありません。
研究が進み、本人がタバコを吸うことの害だけでなく、副流煙などを吸うことによる二次喫煙、タバコの煙がしみ込んだ服や部屋などによる三次喫煙の害など、周囲に与える様々な影響が明らかにされてきたからこそ、受動喫煙の防止が叫ばれ、国際的な要請となっているのです。
【タバコは自分の意思で吸っているのか】
ここで、タバコを吸いたいと思うのは、喫煙者自身の意思なのだろうか、ということを考えてみたいと思います。
さきほど自分の健康や命と引き換えにしてもタバコを吸いたいなら、吸うかどうか決めるのは本人の判断だ、と書きました。その前提は、タバコを吸いたいか、吸いたくないか、決めるのが本人の意思である、ということです。
何を言ってるんだ、タバコを吸うか吸わないか、自分の意思で決めているに決まっているじゃないか、と思われる方も多いでしょう。わたしもそう思っていました。
確かに、最初にタバコを吸うときは、吸うか吸わないか決めるのは自分自身の意思です。けれど、いったんタバコを吸い始めてしまうと、その後吸いつづけるのか、やめるのか、決めるのは必ずしも本人の意思だけとは言えないようです。
【ニコチンが脳に与える影響】
ニコチンが脳に与える影響についても多くの研究がなされています。くまもと禁煙推進フォーラムの資料によれば、
タバコを吸うことによって脳に到達したニコチンが、ドーパミンの放出を促すことにより快感を感じ、ニコチンが減るとともにドーパミンが減ってストレスを感じる。
その状態でタバコを吸ってニコチンが脳に届くとストレスが解消され、そのくりかえしによってタバコがストレスから解放してくれる、なくてはならないものという認識を喫煙者に与えてしまう。
というメカニズムになっているようです。
さらに、この状態が続くことによって、脳内で正常にドーパミンを放出させる機能にも影響が出て常にドーパミンやセロトニンが欠乏している状態になってしまうのだそうです。
国立がん研究センターの資料によれば、アメリカでは、ニコチンに依存性があるということを大手たばこメーカーが知っていたにもかかわらず、その事実を認めていなかったということが明るみに出て、大きな批判が巻き起こりました。
さらに問題だったのは、たばこメーカーは依存性を認めていなかったにもかかわらず、その性質を利用して、タバコが買われ続けるように、さらに依存性を高めるようなタバコの開発を行っていたということです。
ニコチンは、摂取から脳への到達速度が速ければ速いほど快感が高まるそうです。問題となったたばこメーカーは、タバコに含まれるニコチンの量はそのままで、到達速度が速くなるような添加物の研究を行い、実際に発売していたのです。
もちろん、快感が高まれば依存性も高まります。添加物には毒性があるものもあったということで、このことが広く知られるようになったことは、その後のアメリカのたばこ規制に大きな影響を与えたとのことでした。
インサイダーというアメリカの映画はこの経緯を映画化したものです。アメリカの世論に大きな影響を与えたということで、わたしも見てみました。巨額の資金をもつ企業と、普通の個人との戦いは圧倒的に個人が不利で、個人が勝利したのは奇跡的なことだと感じました。
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