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2016年2月 9日 (火)

手術を受けます。

急なお知らせで驚かれるかもしれませんが、未破裂脳動脈瘤の治療のため、血管内治療の手術を受けることになりました。

順調にいけば、一週間ほどで退院する予定です。

経緯


昨年の県議選の少し前に、右目がぼやっとしてよく見えないところがあるため、眼科を受診しました。

急性の緑内障かもしれないとのことで、眼圧を下げる治療をしながら選挙戦に臨みましたが、結果的には急性のものではなく慢性の正常眼圧緑内障だろうとの判断となり、点眼薬などを使いつつ様子をみていました。

しかし、眼科の先生に、緑内障だとしても腑に落ちないところがあるということで念のため頭部MRI検査を受けることを勧められました。

その結果、9月初めに受けた検査で未破裂脳動脈瘤らしきものが見つかりました。さらに詳しい検査で視野障害との関係、位置や大きさなどを調べたところ、動脈瘤の一部が視神経を圧迫して症状が出ていると考えられること、このまま放置した場合はいずれ失明する可能性が高いということ、位置や大きさ、形などから破裂のリスクも高く、日単位の緊急性はないが、月単位ではなるべく早く治療をした方が良いとの診断を受けました。

治療の方法としては開頭手術と血管内治療があり、いずれも難易度の高い手術ではありますが、血管内治療の方がやや難易度が低く、体への負担も少ないとのことでした。

セカンドオピニオンなども含め、何人かの専門の先生の意見を聞き、インターネットやその他の方法でできる限りの情報を集めるなどして検討した上で、血管内治療の手術を受けることにしました。


未破裂脳動脈瘤について


未破裂脳動脈瘤とは、脳の動脈にできる瘤のことで、破裂していないものを指します。これが破裂するとくも膜下出血などになり、およそ1/3の人が命を落とし、およそ1/3の人はさまざまな後遺症が残るという大変危険な病気です。

とはいえ、この瘤自体は決して珍しいものではなく、100人に2~6人は動脈瘤を持っているといわれるそうです。また、必ず破裂するものではなく、破裂していない場合は症状もないことが多いので、脳ドックなどで偶然発見され、その後経過観察をする場合も少なくないそうです。

一方で、発見されないまま破裂する場合も多く、くも膜下出血で亡くなられた方のご家族に聞くと、何の兆候もなく、動脈瘤があることも知らなかったという場合も多いようです。

この瘤がなぜできてどうして破裂するのかなどは、分かっていないことも多く、破裂のリスクを正確に判定することは難しいそうですが、統計的な、治療のためのガイドラインがあり、それに照らし合わせると、わたしの状態は治療が勧められる場合に該当しています。

頭の中の大事な血管に起きる異常ですから、治療は難しく、特に視神経の近くのものは、開頭手術の難易度が非常に高いため、治療結果は医師の技術力に大きく左右されるそうです。

血管内治療は開頭手術に比べ、体への負担は少ないですが、まだ歴史が浅いことと、瘤の形などによってはできない場合もあるということが課題です。わたしの場合は、最近の技術の進歩によりバルーンカテーテルやステントといった補助具を用いて行えば十分治療が可能だとのことでした。

開頭手術の場合は、成功すればその後はほぼ完治し、特に気をつけることなどもなく普通の生活が送れるということですが、血管内治療の場合は手術後1~2年は経過を見る必要があるそうです。しかし、経過をきちんと見ていけば、何かあっても対応できるし、それ以外は開頭手術の場合と同様に普通の生活ができるそうです。

問題は手術のリスクですが、これは開頭手術でも血管内治療の場合でもどちらもあまり変わりはないということでした。

5~10%程度は軽いものも含め後遺症が出たり、場合によっては亡くなることもあります。

わたしの場合は目に影響が出ていますが、それを除けば自覚症状は全くなく、たいていの場合は無症状な訳ですから、動脈瘤が発見された時に治療を受けるかどうかは誰もがとても悩むことではないかと思います。


病気の意味


自分の抱える問題について、どんな決断をしたとしても、その結果は自分自身で引き受けることになるのですから、どう対処するのかは自分で決める以外にありません。

人生には、決断をしなければならない時が時々あります。正しい判断ができたかどうかは後になってみなければわかりませんが、少なくとも納得のいく判断をしたいものです。

今回のことでは、わたし自身はそれができたと思っています。

わたしは子どもの頃、いじめられていたことがあり、その頃よく生きることの意味について考えました。子どもの頃は死というものは身近なものではありませんでしたが、それでも生きる意味を考えるとき、誰もがいつか必ず死ぬということ、その時期がいつなのかは誰にもいえないということは、考えざるを得ない大きな要素でした。

いつか必ず終わりが来るならば、それまでにやりたいこと、やるべきことをできる限りやっておこう、いつその時がきても後悔しないように生きようというのは、その頃からわたしの目標になりました。

みどり市議会議員だった蓮たかみち君ががんになり、わずか30歳の若さで亡くなるまで、側にいて経過を見続けたことも、その思いを強くさせたと思います。

けれども、自分自身に脳動脈瘤が見つかったときは、やはり少し動揺しました。実感がわかない部分もありましたが、頭の中に爆弾があって、いつ破裂するかわからないようなものなのだと考えると、自分が漠然といつ死ぬかわからないと考えていたことが、やはり漠然としたもので、実感を伴ったものではなかったのだなと思いました。

でも、脳動脈瘤があってもなくても、いつ死ぬかわからないのは変わらないし、脳動脈瘤があるからといってそれが原因で死ぬとも限りません。事故や災害で亡くなった人の中には、病気で死を覚悟していた人もいるでしょう。

脳動脈瘤が見つかったことは、家族も含めてほとんど誰にも言いませんでしたが、この間本当に多くの人たちから、健康を気遣う言葉を頂きました。何もなくても心配してくださる人たちがこんなにいるということは、本当にありがたいことです。

それと同時に、心配してくださる方がたの言葉の背景には、その方ご自身や身近な人が、病を抱えていたり亡くなったりしたつらい経験があるということ、いかに多くの人たちが病気と向き合いながら生きているのか、ということも考えざるを得ませんでした。

長寿社会となり、わたしたちが生きていくうえで病気や事故、災害に遭遇するリスクはより高まっているといえます。そんな中で、わたし自身が病を得てそのことについてじっくり考える機会を与えられたことは、大きな意味がありました。

今回のことでみなさんにご心配をおかけすることは、心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、難しい治療に臨んでくださる医師をはじめ関係者のみなさんのお力をお借りし、わたしよりもずっとつらい思い、大変な思いをされている人たちの力になれるよう、この経験を乗り越えていきたいと思います。


みなさんへ、お願い


事務所はしばらく留守にすることになります。大変申し訳ありませんが、この件に関し、お問合せを頂いても対応しかねるかと思います。

また、お見舞い等は固く辞退させていただきます。勝手を申し上げて恐縮ですが、ご理解のほど、どうぞよろしくお願いします。

手術の結果については当日この場で報告させていただきます。

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コメント

あべさん
ビックリポンです。
お大事にしてください。何はともあれ、事前に病気が発見され、早期に対応できることはよいことと思います。
実は私も昨年の健康診断で胃がんが見つかり、早期であったので内視鏡手術をしました。
この時、80歳、90歳まで生きていくというのは大変なんことであることを実感し、お年寄りを大切にしようという気持ちが非常に大きくなりました。今の政治はそうでもないように思えます。
あべさんが無事復帰され、また大いに活躍されることを祈念しています。


投稿: あべ ともお | 2016年2月10日 (水) 12時50分

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