« 群馬学連続シンポジウム | トップページ | ゆうまちゃんタンブラー »

2008年7月30日 (水)

世良田祇園

世良田地区の八坂神社の祭典「世良田祇園祭り」に行ってきました。かつては関東の三大祇園祭と言われた盛大なお祭りだったそうで、ここ数年お祭りの復活に向けて山車の改修を行うなどしてきた成果か、驚くほど盛大なお祭りでした。

_mg_5347

改修したばかりの山車はとても大きくて立派なもので、それに乗って太鼓などを叩く若者たちも意気盛んでした。まだ改修の済んでいない山車が何台かありますが、全部改修が終わったら、国道354をお祭り会場としてさらに盛大に開催したいという力強い期待もお聞きしました。

_mg_5333

この世良田祇園祭りは歴史も古く、横棒のない縦二本の棒で支えられた神輿を担いで練り歩くのも特徴で、お囃子は近隣の村々からたくさんの人が集まって行われるのが伝統だそうです。また、夜祭りといって神輿が出るのはなんと夜の十時という遅い時間です。わたしもお神輿を見てからでないと帰れないと思い、人いきれでごった返す会場で山車に見入りながら午後10時半ぐらいまで参加させていただきました。

_mg_5385

みなさんも来年はぜひ、世良田祇園祭りをのぞきに来てください!その迫力にびっくりすることうけあいです!!!

_mg_5399

|

« 群馬学連続シンポジウム | トップページ | ゆうまちゃんタンブラー »

コメント

今井です。
世良田祇園参加ご苦労様です。

とにかく、世良田祇園、昔はすごかったですよ!

私どもは、1回寝て起きてから行ったものです。

あの国道が、人ひとひとで動けなくなってしまうのです。また、両側の人家の2階には見学者がいっぱいでした。私は、こどもの頃に迷子になった覚えもあります。


とにかく、中世には、世良田はこの界隈では学問と政治の中心でした。有徳人がたくさんいて、鎌倉幕府はその有徳人に協力を求めて役人を使わし、新田義貞が、その役人の首を切って鎌倉幕府攻めを覚悟をしたのです。

また、明治の頃には、尾島町や太田町よりも大きな村でした。

昭和34年の時の分村合併が大きな失敗だったのでしょう。残念です。

投稿: 今井慶聚 | 2008年7月31日 (木) 22時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 世良田祇園:

« 群馬学連続シンポジウム | トップページ | ゆうまちゃんタンブラー »