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2006年4月26日 (水)

シリーズ生い立ち8・初めての選挙編

統一地方選は4年ごとの4月にあり、前半が県議選・政令市議選、後半が一般市議選、市長選となっています。市町村合併の影響で、それ以外の時期に行われる選挙が増えましたが、それでも多くの選挙がこの時期に行われます。

当時、新庁舎建設計画の見直しを求めて活動していたねっとわーくMIMIZUでは、庁舎の問題は市の問題であるけれども、問題の根本は政治と市民の距離が離れすぎてしまっていることにあるとして、前半戦の県議選に1人、後半戦に3人の候補者を立てるべく準備をしていました。

その県議選の候補者として白羽の矢が立ったのが、わたしの母、原島美子でした。当時母以外に立候補を予定していたのは4人で、母が出なければ無投票になってしまうということもありました。

署名活動の盛り上がりもあり、メンバーの人たちは2万票とってトップ当選だ!と意気込んでいましたが、結果は8000票余で落選。「市民活動は票にならない」「あれだけ署名してくれた人がいたのに、投票してくれないなんて」と連日熱心にボランティアで参加していただけにメンバーの落胆は相当なものでした。そして、3人立てる予定だった市議選への取り組み自体をやめてしまおう、という話まで出ました。

しかし、わたしからみれば、市庁舎の問題とは直接関係のない県議選で、無名の新人が直前に立候補を決めて8000票も取れるのは、むしろすごいことなんじゃないか、と思えましたし、ましてここまで活動を進めてきて肝心要の市議選に一人も候補者を出さないなんて、あんまりだと思いました。「せめて、一人でもいいから市議に候補を出して、選挙を戦ったほうがいいと思う」との言葉に、結局3人のうちの一人だけに絞って選挙を戦うことになりました。

その選挙のときわたしは23歳でしたが、出納責任者として初めて選挙にどっぷりつかってお手伝いをしたのでした。

市議選の結果は、みごとに当選しました。しかし、上位ではなく、ぎりぎりに近い順位での当選だったため、やはりメンバーの人たちはがっかりしてしまいました。そして、その後に行われた市長選への取り組みについてもいろいろ話し合った結果、すでに建設見直しを掲げる候補者が2名立候補を予定していたため、あらたに仲間を擁立するとなると票が割れ、現職有利になってしまうとして見送ることを決めたのです。

市長選の結果、現市長、清水まさよしさんが当選し、市庁舎の建設計画は見直され、最終的に庁舎の建設費は半分の150億円に圧縮されました。

わたしはいまでも、これは「豪華すぎる市役所はいらない」という太田市民の意思表示の結果だと思っています。これまで政治とは誰かがどこかで勝手に決めてしまうもので、自分には関係ないのだという気持ちがどこかにありましたが、このことは、「市民が動けば政治は変わるのだ」ということを事実としてわたしに経験させてくれました。

もちろん、実際に建設計画の見直しを実行したのは清水市長です。しかし、その背景には、市民の関心の高さと署名運動の盛り上がりがあり、それなしには決して起こりえなかったことだと思います。そして、この体験こそが、わたしが政治の道をめざす、最初のきっかけとなったのでした。(つづく)

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