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2006年4月30日 (日)

ポスター貼り始めました!

昨日から、ポスター貼りを始めました。11月6日午後1時から太田駅南口で行う街頭演説会のポスターです。

以前にも書いたことがありますが、群馬県で演説会告知用のポスターを貼るのは大変です。屋外広告物条例というのがあって、まず貼るポスター1枚1枚にすべて土木事務所で検印を受けなければなりません。

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検印の機械は数枚ずつポスターの現物を差し込んで穴をあけるようになっているのですが、一度に入る枚数はせいぜい10枚くらいなので、全部に検印するのは結構時間がかかります。しかも、検印の有効期間は30日なので、1ヶ月ごとに更新しなければなりません。

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それが終わると、ポスターの裏に両面テープを貼る作業があります。これも、たくさんのポスター1枚1枚に全部貼っていくわけですから、そうとう時間がかかります。20枚くらいで1時間ほどもかかってしまいます。大勢の方にボランティアでお手伝いしていただきました。ありがとうございました!

そのほか、ポスターを貼りに行くときにもっていくものなど、いろいろ準備して、いよいよポスター貼りに出発。

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交差点の角のよく目立つ塀に貼らせていただきました。

ポスターを貼っていると、通りすがりの地域の方から励ましのお言葉をいただき、感激することしきりです。みなさんも、わたしやボランティアの仲間たちがポスターを貼っているのを見かけたら、ぜひ励ましてやってください!元気が出ます!

ポスター貼りはまだまだ続きます。準備作業もいろいろあるので、お手伝いいただける方はぜひご連絡ください!お待ちしています。m(_ _)m

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2006年4月26日 (水)

シリーズ生い立ち8・初めての選挙編

統一地方選は4年ごとの4月にあり、前半が県議選・政令市議選、後半が一般市議選、市長選となっています。市町村合併の影響で、それ以外の時期に行われる選挙が増えましたが、それでも多くの選挙がこの時期に行われます。

当時、新庁舎建設計画の見直しを求めて活動していたねっとわーくMIMIZUでは、庁舎の問題は市の問題であるけれども、問題の根本は政治と市民の距離が離れすぎてしまっていることにあるとして、前半戦の県議選に1人、後半戦に3人の候補者を立てるべく準備をしていました。

その県議選の候補者として白羽の矢が立ったのが、わたしの母、原島美子でした。当時母以外に立候補を予定していたのは4人で、母が出なければ無投票になってしまうということもありました。

署名活動の盛り上がりもあり、メンバーの人たちは2万票とってトップ当選だ!と意気込んでいましたが、結果は8000票余で落選。「市民活動は票にならない」「あれだけ署名してくれた人がいたのに、投票してくれないなんて」と連日熱心にボランティアで参加していただけにメンバーの落胆は相当なものでした。そして、3人立てる予定だった市議選への取り組み自体をやめてしまおう、という話まで出ました。

しかし、わたしからみれば、市庁舎の問題とは直接関係のない県議選で、無名の新人が直前に立候補を決めて8000票も取れるのは、むしろすごいことなんじゃないか、と思えましたし、ましてここまで活動を進めてきて肝心要の市議選に一人も候補者を出さないなんて、あんまりだと思いました。「せめて、一人でもいいから市議に候補を出して、選挙を戦ったほうがいいと思う」との言葉に、結局3人のうちの一人だけに絞って選挙を戦うことになりました。

その選挙のときわたしは23歳でしたが、出納責任者として初めて選挙にどっぷりつかってお手伝いをしたのでした。

市議選の結果は、みごとに当選しました。しかし、上位ではなく、ぎりぎりに近い順位での当選だったため、やはりメンバーの人たちはがっかりしてしまいました。そして、その後に行われた市長選への取り組みについてもいろいろ話し合った結果、すでに建設見直しを掲げる候補者が2名立候補を予定していたため、あらたに仲間を擁立するとなると票が割れ、現職有利になってしまうとして見送ることを決めたのです。

市長選の結果、現市長、清水まさよしさんが当選し、市庁舎の建設計画は見直され、最終的に庁舎の建設費は半分の150億円に圧縮されました。

わたしはいまでも、これは「豪華すぎる市役所はいらない」という太田市民の意思表示の結果だと思っています。これまで政治とは誰かがどこかで勝手に決めてしまうもので、自分には関係ないのだという気持ちがどこかにありましたが、このことは、「市民が動けば政治は変わるのだ」ということを事実としてわたしに経験させてくれました。

もちろん、実際に建設計画の見直しを実行したのは清水市長です。しかし、その背景には、市民の関心の高さと署名運動の盛り上がりがあり、それなしには決して起こりえなかったことだと思います。そして、この体験こそが、わたしが政治の道をめざす、最初のきっかけとなったのでした。(つづく)

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2006年4月24日 (月)

みよし直明さん当選!

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伊勢崎市議会議員選挙の開票が終了し、みよし直明さんが2341票を獲得して新伊勢崎市議に選出されました!

午後9時30分から順次開票結果が発表されるはずだったのですが、最初の開票結果が発表されたのは1時間半後の午後11時。開票率3%あまりで、それから30分ごとに結果が発表され、当選が確定した頃には午前1時をまわっていました。

長い待ち時間の間、候補者も、応援した人たちもじりじりしながらテレビを見ていたのですが、群馬テレビの選挙特番は10時30分終了予定で、15分延長になりましたが、結局開票結果は番組終了後テロップで流されるだけとなり、開票所に派遣されたスタッフの人から電話で結果を聞いて紙に書き、黒板に貼って集まっている人たちに知らせるという状況でした。

ようやく当確が出ると、会場に集まった人たちから、やった!おめでとう!と大きな拍手が沸き起こり、まもなく衆議院議員石関たかしさんや伊勢崎市長矢内一雄さんが駆けつけて祝辞を述べました。

スタッフの誰もが全力で戦った選挙戦、前回の結果を400票ほども上積みしての上位当選というすばらしい結果が出たこと、本当に嬉しいです!!!

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2006年4月22日 (土)

選挙戦最終日!

昨日の決起集会は、200名以上の人が参加し、熱気のこもったものとなりました。応援弁士として駆けつけた石関たかしさんから、候補者は石関さんの市議時代からの同士であり、心から信頼できる仲間であること、しかし、この選挙は本当に厳しいものであって、ここに集まったすべての人がもう一度知人友人親類縁者すべてのつながりを総ざらいして声をかけてほしいとのお話がありました。

ちょうど、明日は千葉七区の補選も投票日となっており、民主党のすべての国会議員には、夜8時から10時半まで、何を置いても千葉七区に駆けつけて駅頭に立つようにとの指令が下っているそうで、その中で石関さんだけは、地元伊勢崎の市議選でなんとしても候補者を応援しなければならないと直訴してこちらへきて頂いたということでした。

石関さんの友人の千葉から遠く離れた選挙区の国会議員の方も、自分の名簿をしらみつぶしにあたって千葉の有権者300人分の名簿を提出したそうで、そのくらい、徹底的に探せばまだ声をかけられる人はいるはずだから、お願いしますと迫力のこもった激励でした。

実は、わたしのところへも千葉七区への応援要請があったのですが、こちらも選挙が重なっているので、残念ながらお断りさせていただきました。それにしても、200人以上の国会議員の方々が秘書も全員連れて千葉に終結しているというのは、どんな感じなのか、すごく関心があります。

県内でも伊勢崎市議選だけでなく、みどり市、富岡市、安中市、沼田市、藤岡市の市長選、県議補選など、たくさんの選挙が行われます。地元新聞や地元テレビでは取材も記事の作成もきっとすごく大変だろうと思います。

いよいよ明日は投票日。選対の若手たちは1本数千円もする栄養剤を自ら投入しました。投票箱が閉まるまで、一票でも多く投票してもらえるよう、まだまだ戦いは続きます。

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2006年4月21日 (金)

寝不足です。

朝早くから夜遅くまで選挙のお手伝いをする毎日です。ブログの更新も滞ってしまってすみません。もっぱら電話かけをしています。朝から晩まで一日中電話をかけていると、肩こりと頭痛がして、受話器が重たく感じてきます。ヘッドホンタイプの電話がほしいです。

今日は夜7時から総決起大会があり、司会をする予定です。選挙の集会は年々人集めが難しくなっているようですが、たくさんの人が来てくださることを期待しています。

選挙戦もあと二日。いよいよ最終盤です!

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2006年4月17日 (月)

伊勢崎市議選スタート!

いよいよ本番がはじまりました。昨日は朝6時におきて伊勢崎へ向かい、選挙事務所で必要なものが揃っているか最終確認して、宣伝カーの荷物の積み込みをしました。宣伝カーには、さまざまなものが積み込まれます。のど飴、飲み物、ドリンク剤、毛布、手袋、カッパ、かさ。地図や懐中電灯、電池なども必要です。それらを使いやすいように配置するのも大切で、必要なときに奥の方にしまってあったりしないように位置を決めます。

当初、車には乗らない予定だったのですが、結局午前午後と車に乗って、候補者と一緒にかけまわることになりました。といっても、届出が済んで実際に出発できたのは、10時過ぎで、午後2時から3時ごろまで出陣式だったので、実質乗っていたのは4時間半ぐらいです。

候補者は年齢は40歳で市議会議員としてはもちろん若手ですが、見た目はもっと若くて、30代半ばより上には見えません。それだけでなく、体力もあって!遠くのほうで手を振っている人がいると車を降りてそこまで走っていくわけです!そして、わたしもその後をついて一緒に走っていきます……。

日ごろの運動不足がたたって今朝から筋肉痛に苦しんでいます(; ;)。

夕方から個人演説会の準備を手伝い、それが終わるとミーティング。さらに翌日以降の準備もあり、うちに帰り着いたのは日付がかわってからでした。

候補者は、常に市民の側に立って、同じ目線でさまざまな市民活動にも参加してきた人ですが、おれがおれがというタイプではないので、「あの人は大丈夫」といううわさを流されて票が流れる危険性があります。こういう人が堂々と上位当選できないようでは、いつまでたっても市民の政治は実現できないと思います。万が一にも落とすことのないよう、ハードスケジュールですががんばります!

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2006年4月15日 (土)

逗子市議会議員近藤大輔さんの講演

逗子市でいまだ30代の若さで毎回トップ当選を続けている近藤大輔さんが、3年程前の逗子市長選に立候補し、残念ながら落選してしまった経験を語る講演会があり、お話を聞きました。

当選した人の話はよく聞く機会もあるし、内容的にも結果的によかったことの話が中心になってしまうけれど、落選した経験を率直に話していただける人というのはなかなかいないものです。落選の原因を検討することもやらないままになってしまうことが多いけれど、本当に学ぶべきは実はそちらの方にこそあるのではないか、ということで企画された講演でした。

近藤さんは答えにくいだろう質問にも率直に答えてくださり、とても参考になるお話でした。たとえば、敗戦の原因として、市議選と市長選との有権者からの反応量の差をあげられました。選対の組織が市議選の陣容を少し拡大したぐらいだったため、有権者からのさまざまなアプローチをかなりの部分本人が受け止めざるを得なくなってしまい、市議選ではそれで通用しても、市長選となるとオーバーワークになってしまって、本人の代わりにそれをさばいてくれる責任者が重要だと思ったそうです。

また、市議としての政策提案と市長としての政策提案の差というものもありました。市議として掲げる政策は、実現性の面で限界があるけれども、首長となるとすべてが実行を前提として組み立てなければなりません。そのため市議のときよりも幅広い項目について、具体的な政策を提示しなければならないとおっしゃいます。

市長選に立候補した当時、近藤さんはそのあたりのことについて、市長になったことのない自分が訴えるのだから、わからないことはわからないと率直に答えればいいと思っていたそうです。けれども、有権者の立場になってみた場合、それを理解し支持するというのは、無理な部分があることに気づかされたそうです。

近藤さんは、とても気さくで明るいキャラクターで、持ってきていただいた資料もさすがは湘南!と思うような、まるでCDのジャケットかと思うようなおしゃれなデザインでした。群馬とは相当選挙区事情も違うところもありますが、共通する部分も多く、とても勉強になりました。

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選挙が近づくと

いよいよあさっての(もう日付が替わったので明日ですが)告示を控え、今日はみよし直明さんの最後の選対会議がありました。選挙期間中のスケジュールを詳細につめ、人員の確認をしました。

選挙が近づくと忙しさに比例して書くことは少なくなっていきます。やらなければならないことは山のようにあるんですが、結構単純な繰り返しの作業が多く、書いてもおもしろくないだろうなーというようなことばかりです。

名簿の入力や、チラシの作成、郵送のための袋詰め、そんなことを延々とやっていきます。一見派手に見える選挙の準備は地道な作業の積み重ねなんですね!

さて、本番まであと少し!がんばります!

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2006年4月13日 (木)

シリーズ生い立ち7・浪人時代編

大学生時代のあとに浪人時代がくるというのも変なものですが・・・。

いよいよ就職活動という時期になって、それまで漠然と考えていたマスコミに就職したいという希望が、本当に自分の望む道なのかどうか、確信がもてなくなってしまいました。

自分自身を振り返ったときに、「わたしはこれができる!」と言えるような、自分の身についた技術がないこと、自分は一生この仕事をしたい、といえるような仕事に出会っていないことに、はたと気づいたのです。

まだまだ自分には知らないこと、学ぶべきことがいっぱいあるのではないかと思い始め、特に理系の勉強をほとんどしていないことがもったいないような気がして、手に職をつけるためにも、医学部に行こう!と思い、勉強をはじめました。

数学は数Iをやっただけ、理科は理科Iをやっただけ、という状況だったので、勉強することは山ほどありました。理系の勉強は難しかったのですが、問題を解くことが楽しくて、結構熱中してやりました。とはいえ、もちろんそう簡単に成果が上がるわけもなく、4年生での受験は不合格。卒業してから本格的に勉強にとりかかりました。

ところが、ここで現在のわたしの活動に大きな影響を与えたことがおこりました。当時、老朽化していた太田市役所を建て替え、300億円かけて新しい庁舎を建設するという計画がもちあがったのです。

そのころはちょうどバブルの終わりぐらいの時期で、東京都庁をはじめ、各地で豪華な庁舎の建設が進められていました。しかし、豪華すぎると批判を浴びた都庁でさえ、1000億円。1000万人の人口で割れば、一人あたりの負担は1万円ぐらいですが、太田の人口はそのときおよそ15万人で、300億円の庁舎は実に人口で割ると一人20万円もの負担です。

家で受験勉強をしていたわたしに、母が「どう思う?」と話し掛けてきたことは、今でも忘れられません。「おかしいと思うなら、なんとかするようにすればいいじゃん。」そう答えたわたしに、母は考え込んでいるようでした。

それからしばらくして、伯父の恩田光悦を代表とする市民団体ねっとわーくMIMIZUによる、新庁舎建設計画見直しを求める署名活動が始まりました。受験勉強中という名目でうちにいたわたしも、その運動のお手伝いをするようになりました。

活動は反響を呼び、署名はどんどん集まりました。わたしの(不確かな)記憶によれば、最終的に集まった署名の数は3万3千を超えていたと思います。メンバーの人たちは、署名を議会に提出しようと当時の市議会議員全員に紹介議員になってくれるようお願いに行ったのですが、結果としてほぼすべての議員に断られ、唯一承諾して紹介議員になってくれたのは、昨年ガンで若くして亡くなった、竹内和代さんだけだったそうです。

紹介議員になってくれる議員さえほとんどいない状況ですから、もちろん、その請願は否決されました。しかし、3万を超える市民が署名し、見直しを求めているにもかかわらず、それを省みない市議会とは、いったいなんなのでしょうか?メンバーは議員を変えなければだめだと4月に予定されていた統一地方選に候補者を擁立することを決めました。(つづく)

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2006年4月11日 (火)

太田病院の存続を求める署名、ぞくぞく集まっています!

今日は午前中、総合太田病院の小児科存続を求める会の会合があり、これまで集まっている署名を確認しました。当初の目標であった10000名の署名はどうやらクリアできそうです!さらに、まだまだ協力してくださる方が増殖中なので、やはりこの問題に対する関心の高さが伺えます。

ご協力いただいた皆さん、ありがとうございます!太田病院の小児科が存続し、安心して子育てできる街でありつづけられるよう、これからもがんばります!

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2006年4月10日 (月)

伊勢崎市議選ポスター貼り準備

4月16日(日)の伊勢崎市議選告示日には、合併して区域が広がった新伊勢崎市全体にある489個所の掲示板にポスターを貼らなければなりません。

この告示日のポスター貼りでは、なるべく早く貼ることによって支持者の機動力が示せることもあり、多くの陣営で力をいれて準備をすすめていることと思います。

ポスターを貼る区画は、今回の選挙では60区画あり、届出の順番でどの位置に貼るかが決まります。朝8時30分から立候補の届出を受け付けますが、8時30分より前にきた人でくじを引き、まず届出の順番を決めるくじを引く順番を決めます。(ややこしいですね!)

くじを引く順番が決まったら、さらにもう一度くじを引き、2度目のくじの番号が届出の順番になるのですが、今回は50陣営以上が立候補するとあって、届出の手続きにも相当時間がかかることが予想されます。1陣営あたり5分程度としても250分、受付の職員が2チームか3チームで手分けしたとしても、順番が最後のほうになると2時間以上またされることもありえます。

届出の順番が決まっても、前の順番の人の書類に不備があるなどして届出ができなかったりすると、そのあとの順番がすべて繰り上がってしまうので、結局届出の手続きが完全にすまないと、ポスターを貼る位置が確定しません。くじを引く人の責任は重大です!

決まったら、もちろんなるべく早く貼ってもらうのですが、そのためには掲示板の位置がわかりやすく示されている地図が必要です。事前説明会のときに選管から配られている地図は縮尺が大きすぎてその場所がどのあたりなのかがわからず、その後に配られた全体地図は用紙のサイズが大きすぎてコピーできないため、結局はつくりなおしとなりました。

こうして着々と下準備を整えつつ、いよいよ告示まであと1週間。臨戦体制に突入です!

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2006年4月 9日 (日)

とみた潤くん写真撮影

来春の統一地方選にチャレンジする予定のもう一人の仲間、とみた潤くんの写真撮影をしました。

とみた君は東京で議員秘書をしていたのですが、昨年の衆議院選挙の際、太田に一ヶ月ぐらい応援に来てくれました。その後、別の仕事をしていましたが、年末に地元に帰って立候補することを決意し、現在準備を進めています。

政策立案や行政のチェックなど議員本来の役割をほとんどしていない議員が上位当選してしまうような現実を憂い、すべての議員の仕事の状況をもっと公開して、有権者がきちんと仕事をしている議員を選択できるようにしたいという熱い情熱をもっています。

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撮影はまずメークから。髪型や眉をととのえ、全体の印象を調節します。

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写真を撮られることに慣れていない普通の人にとって、その人らしさの出る表情をとってもらうのは結構大変です。緊張してこわばってしまう表情をやわらかくほぐすために、顔の筋肉の体操をしたり、鏡を見ながら研究したり。でも結局会話しながら撮った自然な表情が一番よかったみたいです。

情報交換したり、協力し合ったりしながら、有権者の声を活かす政治を実現していく仲間が増えるのは、嬉しいことです。

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2006年4月 8日 (土)

Happy子育てインフォメーション

平成17年度ぐんま子育て塾事業の委託を受け、製作していたホームページ“Happy子育てインフォメーション”がようやく完成しました!

完成といっても、今後も少しずつ取材をすすめながら、さらに充実した情報を掲載できるよう進化させていきたいと思っています。この記事をご覧になってくださったあなたも、もしHappyな子育てに役立つような情報をご存知だったら、ぜひ教えてください!

ネットの情報はいかに多くの人が関わってくれるかがポイントになってくると思います。県の事業で作成したホームページなので、現在のところ公共施設などを中心に掲載してありますが、年度がかわり、運営がおおたファミリーサポートセンターに移ったので、今後はお店情報なども載せていけたらいいなと期待しています。とはいえ、それもできるかどうかは情報の集まり具合にもよるので、みなさんのご協力、お待ちしています!

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2006年4月 7日 (金)

みよし直明さんを応援する会

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いよいよ伊勢崎市議選まであと10日に迫った昨日(6日)、「みよし直明さんを応援する会」が開かれました。

スタッフとして告示日のポスター貼りやウグイス、運転手などのお手伝いをしてくださる方を中心にたくさんの人が駆けつけてくれました。他の選挙でお会いした、懐かしい顔もちらほら。

大混戦となる今回の選挙にあたり、選対顧問の方たちからは「みよしくんは本当にいい人。こんな議員は他にいない。ただ、いい人過ぎて『みよしは大丈夫』といわれて票が流れることが一番怖いので、決して気を緩めることなく最後までがんばろう!」との挨拶がありました。

連合系の候補者の方たちの会議では、最後に右のこぶしをあげて「がんばろー!」と三回言うのが定番のようですが、みよしさんの会議では「みよし!」といったら「必勝!!!」と返すパターンを何度か繰り返して盛り上がったところで終了となりました。

会場にはカンパ箱も用意され、「みよし直明さんのために、カンパお願いします!」とのお願いに、みなさん快くカンパしていってくださいました。

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2006年4月 6日 (木)

みどり市市長選公開討論会

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みどり市市長選公開討論会を聞きに行ってきました。規則により、場内での写真撮影等が禁止されているので、配布された用紙を写真にとってみました。

この公開討論会は桐生青年会議所の主催で、公開討論会ネットワークぐんまの後援となっています。

公開討論会ネットワークぐんまは、前々回の参議院選挙の前から1年半以上かけて準備会を開催し、設立にこぎつけた全県的な公開討論会の開催支援組織です。事務局長として準備会に携わってきましたが、設立後わたし自身が県議選に立候補する決意を固めたため、会の役職は辞退し、現在は公開討論会があるときに聞きに行くぐらいですが、こうして改めてその名を見ると、感慨深いものがあります。

すでに設立から丸4年たちますが、その間、各地で公開討論会開催の支援をしてきた実績は、事務局をひきついでくださったみなさんのご努力の結果で、その存在が県内の政治風土の変革に寄与する部分は大きいと思います。

みどり市長選では立候補を予定している3氏が全員出席し、それぞれプログラムとルールに従って意見や政策を表明しました。白熱が予想される選挙だけに、候補予定者の方たちもかなり準備をして討論会に臨んでいるようでした。

後半、○×の問題ではそれぞれの候補の方たちの人柄が垣間見え、会場から笑い声が起きていました。

伊勢崎市議選と同日程で戦われるみどり市長選、結果はどうなるのでしょうか。

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2006年4月 5日 (水)

富岡由紀夫事務所勉強会

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参議院議員の富岡由紀夫さんの事務所で、新聞記者の方をお呼びして勉強会をするので、参加しませんかとお誘いをいただいたので、参加しました。

冨岡さんの地元事務所の秘書さんたちは若手が多く、地方議員を目指して勉強中の方もいて、フレッシュな雰囲気でした。

勉強会ではまず、民主党という組織に対して、一般の有権者はどういう印象を持っているのか、全国での傾向と群馬での現状について知りたいという問題提起があり、講師から、たとえば県議選では自民党の候補者、衆議院選では民主党の候補者を推す、というような状況があるという指摘がありました。

また、55年体制崩壊後、これまで自民党を支えてきた強固な各種の利益団体の組織力が崩れつつあり、群馬といえども例外ではなく、いま民主党に求められているのは、そういうつながりが弱くなっているところにどんどん入り込んで、新たなつながりを作っていくことではないか、との意見も出ました。

昨年の前橋市議選や、県議補選の話しも出て、話題は尽きず、とても興味深い勉強会となりました。今後も継続して開催されるそうなので、次回も期待したいと思います。

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2006年4月 4日 (火)

そろそろ桜が見頃です。

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昨日の大風もおさまって、今日はいいお天気になりました。

大谷幹線と鶴田川沿いのさくらが、そろそろ見頃を迎えています。まだ5分咲きくらいかな?という感じですが、たぶんあさって、しあさっての入学式ごろには満開になりそうです。

車で通りかかったのですが、鶴田川沿いではすでに花見をしている人たちがいました。

伊勢崎市議選のお手伝いで忙しくしていて、なかなか花見をしている余裕はありませんが、桜並木を車で通り過ぎるのもなかなか気持ちのよいものです!

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2006年4月 3日 (月)

水道モニター最終会議

3月20日に太田市水道モニターの今期最終会議がありました。2004年の6月からおよそ2年間の任期で、6回の研修会(会議)と2回の施設見学会、およびイベント協力がありました。

ちなみに、水道モニターには謝礼が支払われることになっており、太田市金券が3000円分、2回支給されました。

最後の会議ということで、水道事業管理者の方からのご挨拶があり、人口減少社会の到来を迎え、水道もこれからは拡大ではなく縮小、維持管理の充実の方向を目指す必要があるということでした。

これまで、東部地域水道の見直しについてモニターの会議でもたびたび訴えてきたので、挨拶を踏まえて東部地域水道の現状と、今後の見通しについて質問しました。

Q1 東部地域水道の受水施設はいつ完成で、建設費用はいくらですか?

A1 平成18年7月末完成予定で、8月から供用開始となり、総工費は4億9350万円となります。

Q2 買い入れ量は1日あたり当初何トンで、最終的にどのくらい購入することになりましたか?

A2 当初500トン/日で、平成27年度までに段階的にふやし、最終的に5150トン/日となり、最初の計画の半分の量となりました。また、県の計画でも全部で8万1500トン供給する計画だったところを40750トンと半減しました。

Q3 水の購入単価はいくらで、平均使用水量はいくらの設定ですか?

A3 1トン当たり117円で、平均水量は平成27年段階で4007トンです。

※東部地域水道からの水の購入費として117円x4007トンx365日で平成27年以降、毎年およそ1億7千万円支払うということです。

Q4 人口減少社会がはじまったこの時点でさらに新たな水の購入を開始することについて、どうお考えですか?

A4 水の供給計画は長期間かけて策定しなければならないものであり、必要になったときにすぐにできるものではないため、供給不足の事態が起こらないよう努める必要がある。井戸は永久に使えるものではなく、水源の多様化を図る上でも県水の導入は意義があると考えている。

以上のような趣旨の答えでした。十何年後か、あるいは何十年後になって、この決断はどのように評価されることになるのだろうかと考えつつ、市民委員としての提言の限界を感じずにはいられませんでした。

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