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2006年1月25日 (水)

シリーズ生い立ち4・留学生編

インターナショナル・フェローシップ(IF)という団体の交換留学プログラムに参加し、高校1年生の9月から翌年の6月まで、アメリカ合衆国サウスダコタ州のウェブスターハイスクールに通いました。

サウスダコタ州はアメリカの中西部に位置し、「大草原の小さな家」の舞台になった広大な田舎です。夏は気温40℃、冬は-40℃という寒暖の差の激しいところで、わたしがホームステイしていたウェブスターは人口わずか2000人の小さな町でした。もちろん、日本人はほとんどいません。当時の語学力は英検2級の筆記試験にようやく通ったくらいで、とても実用に耐えられる状態ではなく、最初の1ヶ月は相当苦労しました。朝から晩まで英語のシャワーを浴びてすごし、夢の中まで必死で英語で話そうとする日々をすごして、ようやく英語に慣れてきたのは渡米して3ヶ月も過ぎたころだったでしょうか。

言葉というコミュニケーションの手段を封じられる状況にあって、逆にいかに多くの部分で言葉以外の手段によって意志を伝え合っているのかということが、とてもよくわかりました。

声に出す言葉だけではなく、頭の中で考えているその中身さえ違う言語で考えているのに、嬉しいとき、楽しいときは笑い、悲しいときは泣く、そういう感情をあらわす表現は、言語が違っても共通なのです。それは、当たり前のことなのですが、とても不思議で奇跡的なことに思えました。

さて、アメリカの高校に通う中で、なるほどと思ったことがありました。それは、“人と違う”ということがここでは当たり前だ、ということです。

見かけ上のことでいっても、髪の色、目の色、肌の色、みんなちがいます。それだけでなく、授業は自分でカリキュラムを組み立て、卒業に必要な単位を何年間かかけてとる仕組みになっているため、人によってある授業を何年次にとるかが異なり、同じ授業をちがう学年の生徒たちが一緒に受講しているのです。

もちろん、この学年の生徒が多い、ということはあるのですが、違う学年の生徒もまじっているし、そもそも飛び級などの制度もあり同じ学年でも年齢が違うのはそれほど珍しいことではありません。そんな中では、それぞれの人が違うことが当然のことで、人と違う自分に緊張し、周りに合わせようと必死に努力するようなことは、まったく必要のないことでした。

このことは、今後の日本の教育のあり方を考える上で大きなヒントになるのではないかと考えています。いまや、大量生産、大量消費、同じ規格のものを効率よく作ることでどんどん経済が成長していった時代は終わり、それぞれの個性を活かした多様なニーズに応えられる少量多品種の時代が到来しています。その社会経済のあり方そのものの転換期に対応するには、教育そのもののやり方も見直さなければならないのだと思うのです。

ほかにも、日本との違いに驚くことはたくさんありました。ビッグバンや進化論をまったくの作り話だと思っていること、今から15年以上前のことですが、すでに食器洗浄器や電気調理器が普通に使われていたこと、14歳から車の免許が取れること・・・。

人間の根本的な部分が変わらないのに、日本で当たり前と思っていたことがまったく当たり前ではない世界に出会ったことは、当然と思うことでも、立ち止まっていろんな方向から考え直してみるという習慣を身につけさせてくれました。

そしてたぶん、この経験が帰国後高校を退学し、大検を経て大学を目指すという選択に、そして他と違うことを恐れず行うというその後の人生に大きな影響を与えたのではないかなと思っています。(以下、次号)

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